一番贅沢を感じる時

  • 2019.05.05 Sunday
  • 10:11


「子どもの日」の今日も
晴天の福岡

裏の鈴懸の木が
見事に新葉で覆われ
悠々とした姿を見せてくれています

どっしりした幹から
自由に枝を伸ばし
ゆさゆさしている姿は
全てを受け止めて
愉しんでいる様に見えます

子ども達にも
そんな雰囲気を持つ
大人になってもらえたらと

私自身もそんな大人でありたいと
願っていますが・・・

以前紹介した
「親子の手帖」の中に
『子ども』というカテゴリーで
子どもと接する気持ちから
諸問題が起きている
と書かれていました

子どもを
「小さな大人」として
接する事の大切を
教えて下さっていましたが
鳥羽先生の言わんとされる事は
とても良く理解できました

確かに子ども達に
示し導いて行かなくてはいけない事は
たくさんありますが
頭から「何も分かっていない子ども」
と決めた思いは勘違いした導きを
してしまいそうです

その子が情緒豊かに
育つよう
その子の持つ霊性が
そのまま豊かに社会の中で
活動出来るように
そんな風に育つ事を願いますが

その為には
大人達自身が捉われの気持ちから
抜け出し
自分自身を解放してあげる事
そして
自分の感覚を大切にできるように
気持ちを研ぎ澄まし
浄め高めて行きたいという
自発的な思いが必要なんだろうな〜

もう一度子ども達と共に
過ごしたいと
今頃しみじみ思います

今日は子ども心に戻るべく?!^_^
家族に昨夜
「明日は
自分がしたい事に集中したいので
食事の準備はしないので
それぞれで食べて下さい」と
お願いしました

旅行に行って家事をしないのは
当たり前な流れなので
贅沢な時間ではもちろんありますが

普段家事をしている自宅で
家族がいる時に
家族の食事の事を考えなくて良い
準備をしなくて良い
この意識は
私にとって究極の贅沢を
感じるのです(*≧∀≦*)
普段から適当にしか
していないのですが
なぜにこんなに喜びを感じるか

自分なりに考えてみると
食事の準備をしなくて良い
それも嬉しいのですが
しなくても良いと許されてる事が
嬉しいのだと思います

家族が気持ちよく
良いよ
と言ってくれている事
私の思いを認めてくれている事
そこが
一番嬉しいのだと思います

普段主人も娘もいない時があり
自由にしているのです

自由に出来る時間は
あるのです

でも
家族がいる時に
自分の自由な時間を作る

育った時代・環境にもよりますが
私が幼かった頃は
「女は〜あるべき」
「〜するべき」
「〜して当たり前」
そんなすり込みをしっかり
されて育ったので
余計に
家族がいるのに
自分の好きな事に集中するなんて
罪悪感を感じてしまうのです

でも
許してもらえて
好きな事に没頭出来る

たまらない喜びなのです

思わず
許してくれてありがとう!と
素直に感謝の気持ちが出てきます
(o^^o)

今夜は
女子会があります

家族の食事の準備を考えたり
したりする事なく
自分の準備だけを考え
出かける事ができる(*^^*)

無邪気だった頃の気持ちに
戻らせてもらっているのかな

家族それぞれが
幸せだからこそ
みんなの幸せを感じられ
喜べる

そんな家庭を築ける大人に
なれるといいなぁ〜



人それぞれ
置かれてる立場で
究極の喜びを感じる時
贅沢な時は
さまざまな時でしょう

皆さんの
究極の喜びを感じる
贅沢な時は
どんな時ですか?^_^
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