歓喜光

  • 2019.07.24 Wednesday
  • 21:27

 

誕生日から一夜明け

今日の空は夏

 

梅雨明けしたのかなって思いました

 

昨日は朝からお祝いのメッセージを頂き

主人からも

「おっ誕生日だね おめでとう!!」

「ありがとう(*^^*)」

「古希ですか?」

「そう関節がこきこき・・・・

ちゃうわ!!なんでやねん!!」

との対話?!から始まった誕生日(-_-;)

 

誕生日だな〜と思いながら

気になっていた資料の片付けをしていて

先日のお念佛会の時に

頂いた資料が目に入りました

 

そこにあったのが

『歓喜光』

 

如来歓喜の光明に

我らが苦悩は安らぎて

禅悦法喜微妙なる

喜楽極なく感ずなり

 

とあります

 

これは如来さまが

十二光佛の力で育てていただける事を

説いて下さっている一つです

 

他に

『清浄光』

『智慧光』

などあります

 

お念佛をすることで

無意識が浄化され

本来の輝きを取り戻し

そして 深く育てていただける

 

初めて十二光佛の働きを知った頃

この『歓喜光』を読み

いいな〜って思ったのを思い出します

 

この日 お上人は

ご自分の経験から

この『歓喜光』を取り上げられ

どの様に人の思考が

如来さまの光明で

変わっていくかを

説明してくださいました

 

まず「人生の帰趣」より

 

「全体人間本来の感情は、

能く調わずして人格の核も性も、

主我即ち自分勝手のものなり。

ただ己が肉の幸福や、

または我欲にて、

名誉なり財産なり権利なりの

それのみを 渇望して、

ただ現在のみに汲々とし、

自分さえ良ければの主義をとるなり。

 

人生は肉の快楽を享受すべき舞台と想い、

ただ形の上の幸福のみに焦る。

実は還ってそれが不満不足を感ずる原因となり、

私欲の強き為に名誉や財産を飽くまで貪り、

為に不足と煩悶の種を蒔くなり」

 

そして

お念佛を唱えていくことで

 

「心が光明に向かっていれば、

世間の一切の物事にも 光明を見出される。

そうした人は

どんな不幸の中にも

安らぎの光明が心に宿り、

また何事かに失敗しても、

成功の光を見出す。

彼らの目の触れるものは、

ひとつとして歓喜光を 放たないものはない。

不幸を転じて幸福とし、

失望の闇を開いて 希望の光となすものこそ、

歓喜光である。」

 

と紹介してくれました。

 

私自身もお念佛を知り

お念佛とともに

教えていただき

導いていただき

この「歓喜光」によって

日々喜びの中で

過ごさせて頂いている気持ちです

 

昨日誕生日を迎え

あらためてこの「歓喜光」の

有難さと効果を

実感させて頂きました

 

これからも この気持ちを失わないように

お念佛を続けていきたいと思い

ここに記録として残しておきたいと思いました

 

『清浄光』

如来清浄光明に

我等の塵垢はそそがれて

六根常に清らけく

姿色も自づと潤うれ

 

有難い教えと 宇宙の摂理

この一年も 素直に感謝の気持ちとともに

続けていきます

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