幸田露伴「趣味」

  • 2019.11.04 Monday
  • 09:30
趣味というのは
人の思考のことであり
または
見識であり
思想であり
気品であり
心のことであります

心は卑しいところを改め
善い方へと正して
いくべきものでしょうし
気品は清く高くあるべきでしょう

思想は汚れることがなく
下品でもないことが
求められますし
見識は卑しいところが
ないことが必要でしょう

嗜好には行き過ぎのない
けじめがほしいものですし
趣味がひどく軽薄なのは
残念なことです

ですから
自らの手で土壌を作り
自らの手で養い
自らの手で育て上げ
その結果
自分自身の中に
自然に生じた心の色が
花のように咲き出でた趣味こそ
私たちは特に栄させねばなりません

目の覚めるような
華やかなものを好む人がいます
心が引き締まるようなものを
喜ぶ人がいます
淡白なものを好む人がいれば
濃厚なものを
愛おしく思う人もいます
艶やかな美しさを
愛する人がいるかと思えば
渋く古びたものを
欲しがる人もいます

このように
人の趣味というのは
ちょうど人の顔の形や
人の声色が
それぞれ異なっているように
千差万別です

ですから
自分の基準で
他人を正してはなりませんし
逆に
いたずらに他人の真似をして
自分を捻じ曲げようとしても
結局のところ
難しくて上手くはいかないでしょう

なぜなら
趣味というのは
人々それぞれに宿る
心の花から出た
自然の色だからです

その花を染めて
元とは異なる色を作り
その花を洗い流して
元の花の色にはない
別の色に染めたとしても
本当にそれに
何の甲斐があるというのでしょうか

それぞれの人の上に咲く花は
根気強く土壌を作り
丁寧に養い育て
充分に成長させて
その結果として
自然に表出した色を
春や秋の空の下に

心ゆくまで豊かに解き放って
自由に美しく伸ばして
あげなければなりません

人の趣味は
このように
土壌を作り
養い
充分に
育て上げることでできあがった
その自然にもとづいた
趣味の香りを
ゆったりと世の中に広げ
香らせるべきものなのでしょう

自らに不足があることを知るのは
満足に至るための道です
そして
至らないことを知るのは
高みを目指すための道です

だから
自分の趣味が
不十分であることを知って
なおも至らないということを
悟る人は幸せです

その人の趣味は
まさにいまも次第に成長し
次第に進歩しようと
しているのですから

自分の趣味が幼稚であることを
反省もしないで
自分が良いと思うものばかりを
いつも興味深いことと考え
高みを目指そうとせず
卑しいところを
改めようとしない人には
幸いはありません

その人の心の花は
すでに石となり
生命を失ってしまって
いるからです

髪飾りはいつも黄金がいい
と言ったり
着物はいつも絹がいい
と言ったりするのは
欲望というものであり
それは趣味ではありません

欲望は自分を縛り
そこに自由はありません
趣味は自分を縛ることをせず
自由があります
もし
趣味が低くて欲望が強ければ
自分が欲しいものが
手に入らないと
その苦悩は際限の
ないものとなります

一方で
趣味が高くて欲望が薄いなら
仮に自分の欲しいものが
手に入らなくても
それとは別のふさわしい楽しみを
一つや二つどころではなく
見つけることができるでしょう

ちっぽけな野菊の花を
髪飾りにしても
香りの消えた山吹の花を
髪飾りにしても
薔薇の一輪が白く膨らんでいるのを
髪飾りにしても
梅もどきのいくつかの
実の赤いものを
髪飾りにしても
その人の趣味から見たときに
「良い」とするものであれば
たとえ木や竹の切れ端を
髪飾りにしても
そこに満足や喜びがあるに
違いありません

時と所におうじて
どんなときも
どんな場所でも
喜びの気持ちを
見出すことができるのは
趣味の効用です

欲しいものが得られないと
苦しみ
遂げたい願いが遂げられなければ
悩み
そのように
自分の心を
自分の外にある物の
奴隷にして
心がその物に
支配されてしまうようになるのは
欲望がそうさせるのです

欲望は人を苦しめ
趣味は人を生かします
だから
趣味の豊かな人というのは
なんと幸せでしょうか

自分に何か得るところがあっても
他人にそれを期待しない
これを徳といいます

自分の心に楽しむことがあって
物事に煩わされることがない
これを趣味といいます

どんなときでも
どうにか十分な趣味さえ
持っていたら
荒れ果てた寂しく
寒々しい境遇であっても
その趣味によって
楽しむことができるでしょう
だから
培わなければなりません
養わなければなりません
そして
育て上げなければなりません
人の趣味性を


鳥羽和久氏による
幸田露伴「趣味」の意訳です
鳥羽氏の著書
「親子の手帖」のあとがきに
記されています

鳥羽先生
ありがとうございます

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